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福岡地方裁判所 昭和44年(ワ)1031号 判決

原告 築陽精機工業株式会社

右代表者代表取締役 中原範一郎

右訴訟代理人弁護士 稲沢智多夫

被告 黒田忠仁

右訴訟代理人弁護士 田川俊作

主文

被告は原告に対し金九四三万六〇三円及びこれに対する昭和四四年八月一六日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

第一項に限り、原告において金三〇〇万円の担保を供するときは、仮執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求原因として

一、原告は油圧機械の卸売、修理を業とする会社である。

二、原告は、油圧機械の販売を業とする訴外園田年秋に対し、昭和三九年一〇月二〇日から昭和四四年四月二八日までの間に代金総計金四、四〇一万五、一四一円相当の油圧機械及びその部品類を、代金毎月末締切り翌月二〇日払の約で売渡したが、右代金のうち計金三、四五八万四、五三八円の支払を受けたのみである。

三、被告は、昭和三九年一〇月原告と園田年秋との間の前記取引開始に当り、園田年秋の右取引上の将来にわたる債務につき連帯保証する旨原告に対し約束した。

四、よって、原告は被告に対し、残代金九四三万六〇三円及びこれに対する本件訴状送達後である昭和四四年八月一六日以降完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。

と述べ、被告主張の抗弁事実を否認した。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として

一、原告主張の請求原因事実は認める。

二、(抗弁)

(一)  被告の本件保証行為は民法九〇条により無効である。

本件保証は、義務額に際限を付さないもので、義務額を予見できず、かつ、保証人の生殺与奪は債権者の意のままとなってそ相互間余りにも不平等不均衡に過ぎるから、公序良俗に反する事項を目的とする法律行為である。

(二)  原告の本訴請求は、信義誠実の原則ないしは権利の濫用である。

(1)  原告と園田との間の取引の実情は、園田において長崎方面における販路を開拓し、原告より商品の供給を受け、信用増進のため、園田の代理店的性質を帯びた訴外信和技研株式会社、同長崎電気株式会社等の手を通じて個々の需要家に販売してきたものである。

ところが、昭和四四年に至り原告は突如自家の収益を増加すべく目論見、園田を除外して前記訴外会社と直接取引を開始し、園田を窮地に陥し入れた。

そのため園田は個々の需要家からの集金が不能となり、かつ、販路開拓のため交際費として投じた約三〇〇万円は空費となり、販路開拓は徒労に帰し、本件債務の弁済もできなくなったのである。

(2)  原告は本件取引により、売上金回収分のみをとっても金三、四五八万円余の二割に相当する約六九一万円の利益を得ているものである。

これに対し被告は、原告と園田との間の商取引を円滑ならしめるため、善意かつ無報酬の一方的与信行為として、本件保証をなしたものである。従って、原告は、保証人たる被告になるべく損害、迷惑を及ぼさないよう注意すべきものである。

(3)  原告は、被告の保証に係る園田との取引期間四年七ヵ月にわたる間に、保証人たる被告に対し、売掛代金債権額その他の取引の状況につき、一度も報告または通知をしたことはなく、被告より園田に対し注意警告を行う機会を与えなかったものである。

(4)  原告は園田が当時無資産で三〇才の末熟のセールスマンであることを承知しながら、自家の利益追及のみに没頭し売掛金債権の増大に対してなんらの警告または商品供給制限等の措置をとらなかったものである。

(5)  被告にとっては、本訴請求金額は、全財産を処分しても数分の一に足らず、本訴請求は無限大の災厄である。

以上の事実によれば、原告は、なんらの利益分配を受けるものでない保証人たる被告に対しなるべく迷惑をかけないよう万全の注意をなすべき義務を怠ったもので、本訴請求は、信義則ないしは権利濫用禁止法則に反するものである。

と述べた。

≪証拠省略≫

理由

一、原告主張の請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。

二、右事実によれば、原告と園田年秋との取引は将来にわたる継続的動産売買の商取引であり、被告の連帯保証は、その保証極度額及び保証期間の約定についてなんらの主張立証がないからそれらの定めなき保証と認むべきである。

しかし、継続的商取引より生ずる債務の保証において、保証極度額及び保証期間の定めがないものといえども、直ちにこれを公序良俗に反するものとなすべき理由はないから、民法九〇条による保証契約の無効をいう被告の抗弁は採用できない。

三、そこで、被告主張の信義則違反及び権利濫用の抗弁につき判断する。

≪証拠省略≫を綜合すれば、当時三五才前後の年令であった園田は、本件取引において原告より油圧機械の卸売りを受けたうえ、小売業者として、これを部分品とする漁撈機械の製造業者である訴外長崎電気株式会社や同信和技研株式会社等及び漁業会社などの相当数の得意先に売り捌いて利益を得ていたものであること、本件取引における代金の約定支払期日は毎月末日締切計算のうえ翌月二〇日払いとされていたが、園田の小売得意先からの売掛代金支払期日の関係で必ずしも現実には右約定通り実行されなかったこと、本件取引途中で園田は営業規模を拡大して業績を上げようとはかり経費を投入したが、売掛金の回収が不順で見込に反して利益が上らなかった一方、原告に対する買掛金債務の延滞額が増大したため、ついに原告から取引を中止されて廃業するに至ったこと、本件取引については、被告とともに同時に訴外園田理一及び同池畑勇の両名が園田年秋の債務につき連帯保証をしたものであるが、被告は園田と親しい友人であった関係で園田の依頼に応じ無償で保証人となったものであること、被告は甲種機関長の資格を有し、石川島播磨造船所呉工場に保証技師として勤務し、運航中の船舶に乗り込み航海中の検査をする業務を担当しているものであること、以上の事実を認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

そして、本件取引における売掛代金額の推移等取引の状況につき、取引中に原告より被告に対し報告や通知がなされたことを認め得る証拠はない。

しかし、被告主張のように、訴外信和技研株式会社や同長崎電気株式会社等の得意先が園田の代理店的性質の取引先であること、及び原告が収益増加のため殊更に園田を除外して右訴外会社等と直接取引をなし、そのため園田が得意先からの集金が不能となる等の窮地に陥ったことは、いずれもこれを認めるに足りる証拠はない。

前記認定の各事実に前示当事者間に争いのない本件取引の内容を綜合し、かつ本件取引中止に至るまでに原告より被告に対し取引状況の通知がなされなかったことを考慮しても、本件取引による売掛残代金九四三万六〇三円についての保証債務の履行を求める原告の本訴請求をもって信義則違反ないし権利濫用と認めることができない。

四、もっとも、継続的取引による将来の債務の保証は、その性質上身元保証に類似するいわゆる信用保証であるから、殊に本件取引のように保証極度額及び保証期間の定めのないものについては、身元保証に関する法律第五条を類推して裁判所の事情斟酌により保証責任の限度を定めることのできる場合があるものというべきである。

しかしながら、本件取引は、油圧機械の売買取引である点において、すでに債務の内容が限定されているものであるから直ちに身元保証と同列に論ずることはできず、当該取引の数額的内容及び債務額増滅の推移に照し、その債務額が客観的に全く予見し難い程度にまで過大となった場合等特に債務全額にわたる保証責任を負わせることが不当と認められる場合に限り、不当とならない限度にまで責任額を低減しうるものと解すべきであり、本件においては、前示の事実関係のみをもってしては、未だ同法条を類推して被告の保証責任額を低減すべき場合とは認め難い。

五、そうすれば、被告は連帯保証人として原告に対し、件取引による売買残代金九四三万六〇三円及びこれに対する本件訴状送達後であること記録上明らかな昭和四四年八月一六日以降完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、その履行を求める原告の本訴請求は理由がある。

よって、本訴請求を正当として認容すべきものとし、民訴法八九条、一九六条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺惺)

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